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初心者のための「伊達政宗」〜逸話編〜



暇と性欲を持て余したガガリアンのみなさまごきげんうるわしゅう。
長々と続けてきたこの記事もついに最後となりました。
今回は伊達政宗自身についての逸話や、その周囲の人物にまつわる逸話をいくつかピックアップしてまとめたいと思います。
なるべく、今までに投稿した伊達政宗シリーズを読んでいなくても分かるように
まとめていきたいと思っておりますので、お時間あればお付き合いください。
詳細は以下から・・・・・・。
なるべく時系列に沿ってピックアップしていきたいとは思いますが
場合によっては順序が前後するところもあるかも知れません。
その辺りについてはご容赦ください。
また、戦国時代の有名武将らしく、遺された逸話の数も膨大です。
全部ピックアップするのも難しいですし、長くなってしまいますので、わかりやすい有名どころにしぼっておきます。
他の逸話が気になったらwikiをあさるなり、書籍をあさるなりしてもらえるといいでしょう。
ブックオフにいけばたぶん、横山光輝の「伊達政宗」(全6巻)がひっそり並んでます。
政宗という人物については、若かりし頃から己の野望の実現、または大義を通すためには小さいことを
捨てることができるという非情な部分が目立ちますが、そんな政宗には数多くの趣味がありました。
その中でも最も有名であるのが『料理』です。当時は男子が台所で料理をするというのは極めて珍しいことだったそうですが
政宗はそんなことは気にも留めず、自分で作った料理を自ら客人に振る舞いもてなしたそうです。
( ●Д゚)「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である」
という言葉すら残しているのですから、これは本気ですね。
岩手名物の「ずんだ餅」が政宗の考案である(とされている)ことは有名です。
また他にも岩出山名物の凍り豆腐や納豆も、政宗の料理研究の中で開発されたものです。
( ●Д゚)「Hey! なんか色々作ってたらすげー旨いのができたゼ! Let's Eat!!」
てなもんだったわけですね。かわいいです。(ただし、これらについてはあくまで「政宗考案説」の範疇です)
他にも詩歌、能などの芸術も嗜み、若い頃から文武の両方に長けた武将として有名ではありましたが
晩年、世間が平和になって以降は特に趣味に多くの時間を割いたといわれています。
料理についても逸話があります。
ある日、政宗は二代将軍秀忠を江戸の屋敷にお招きし、政宗が自ら作った料理でおもてなししました。
政宗が料理を秀忠の前に運んできたとき、秀忠の側近が「伊達殿、毒見をして下さい」とお願いしたのです。
さすがにこれには政宗もブチキレました。ブチキレ@政宗さんです。
( ●Д゚)「おいこの野郎、俺を誰だと思ってやがる? 十年も昔の、まだ世の中が混乱していたときなら
     この俺様も謀反を起こそうとも思ったかも知れねーがな、その時でさえこの俺様は毒殺なんて
     せせこましいことはせずに、堂々と正面切って戦っただろうぜ! なめんなよ!」
原文はこちら
「外記言はれぬ事を被申候。政宗程の者が御成を申自身御膳を上るうへ。
 おにする(毒見する)所にてはなきぞ御膳に毒を入るるは、早十年前の事なり十年前にも。
 日本の神かけて毒などにて。殺し奉るべきとは夢々思はぬぞ。一度は乗寄てこそとは思ひ候」
十年前ならまだしも、今になって謀反なんて考えるわけねーだろ!! 
という言葉は一見乱暴なようにも聞こえますが、つまり政宗の将軍に対する忠誠心はそれほどのものだったということです。
秀忠はこの政宗の言葉を聞いて、感激の涙を流したとも言われています。
また、家光が鷹狩りに熱中し、しょっちゅう外泊していた時期がありました。
これはセキュリティ的には非常にまずいです。しかし家臣の誰が注意しても家光は聞き入れません。
そこで政宗が一言言って差し上げました。
( ●Д゚)「そうしょっちゅう鷹狩りに出るのはおやめください。この政宗も何度か家康様の首を狙ったことがあります
と言い、それを聞いて家光は素直に鷹狩りをやめたそうです。そりゃそうでしょうね。
ほかならぬ政宗の言う事なので、リアリティあり過ぎです。
また、前回の記事でも少し触れましたが、政宗は下戸でした。全くお酒は飲めなかったそうですが、つい飲んでしまって
大騒ぎをして「伊達政宗は狐つきだ」と言われたこともあったほど。
二日酔いで将軍秀忠に会う約束を完全にすっぽかしてしまった時などは
( ●Д゚)「うっ(ゲホゲホ)。実は体調不良で・・・・・・」
と、ダメ社員のような言い訳をしたこともありました。
他にも、朝は目が覚めてても、お付きの者が起こしに来るまでは決して起きなかった(理由は不明)とか
必ず1日に3回煙草を吸っていた、など言われています。
あとまあ、このネタは色んな人を呼んでしまいそうなのでアレですが、政宗も男色家です。
二代目片倉小十郎とはガッチガチにガチな関係でした。
ちなみに説明しておきますと、「小十郎」というのは片倉家の長となる男子が代々襲名する名前です。
政宗のおめめをくりぬいたのが初代小十郎(景綱)、政宗におしりをつらぬかれてたのが二代目小十郎(重長)です。
重長はもともと重綱という名でしたが、後に重長と改名しました。ここでは重長に統一します。
政宗が1567年、重長が1585年生まれなので、記録に誤差があったとしても歳の差はおよそ10歳くらいですね
大阪冬の陣の前夜、重長が政宗のところにやってきました。
重長「あ、あの、政宗さま。お願いがあるのですが・・・・・・」
政宗「What's happen?」
重長「明日はぼくに先陣を勤めさせて頂きたいのですがいかがでしょうか?」
政宗「Fufu...お前以外に、いったい誰がいるっていうんだい?」
そして政宗様は重長きゅんのほっぺにChu☆ っとしたのでした。
これ史実ですからね。
ですが当時の戦国武将の間では男色は決して珍しいことではなく、著名な大名や武将の多くは両刀遣いです。
流行だったのかも知れませんが、「戦場に女を連れて行けないから、合戦中の雑用や性欲処理のため」というのが
戦場に小姓を連れていったりしたことの現実的な理由らしいです。
「どうせならかわいい方がいいよね、かわいいは正義」ってことで、夜のお相手をする小姓は美形が多かったとも言われています。
(主君と性的関係を持った小姓は単なる忠誠心だけではなく愛情でも繋がれていたので、普通以上に忠誠心が強かったそうですよ)
美形の小姓として一番有名なのは森蘭丸ですが、この重長も相当な美形だったらしいです。
ヘタレアホガキ大名こと小早川秀秋にしつこくしつこくつきまとわれ、ストーカーまがいのことをされていたそうです。
骨格などから面長でそこそこイケメンだった(らしい)政宗と、美形で有名だった重長。
さぞやお似合いのカップルだったことでしょう。
あと、伊達政宗の記事を書くために色々情報を確認していた時、こんなのをみつけました。
記者もやってみましたがとても簡単です。
宣伝ではないですが、もしどうしようもなく暇だったらやってみるといいかもしれません。


そういえば、後年の研究によってわかったことですが、政宗の血液型は『B型』だそうです。
記者は血液型診断の科学的根拠についてここであーだこーだと言い合うつもりはありませんが
一般的(あくまで一般的)なB型のイメージと政宗はけっこう一致する気がしますね。


なお、片目の無い武将として知られる政宗ですが、それについては
「親からもらった体の一部を失った。こんなに不徳なことはない」と、肖像画には少し小さめに右目を描かせたそうです。


誠実で、繊細で、神経質で、真面目。
それでいて大胆で、豪快で、冷静かつ非情。
お料理が好きで、でもお酒はめっぽう弱い。

さまざまな側面を持ち、武将としても超一流であり、人間としての魅力もあふれる存在だったのですね。

さて、4回にも渡って長々とGAGAZINEの紙面を使わせて頂いたこの伊達政宗についての記事もこれが最後です。
拙い文章で至らないところも多くありましたが、お褒めも頂けてとても嬉しかったです。
これで伊達政宗に、ひいては戦国時代に少しでも興味を持つ方が増えたら、誠に幸せであります。
乱文乱筆失礼致しました。


なお、他の武将版もやってくれというお声を頂いております。ありがとうございます。
ですがあんまりやるとボロが出そう(笑)なので、一番好きな政宗だけにしておきます。

カテゴリ: コラム
2010年08月15日 01時40分54秒 Posted by もつなべさん ( 12,160 PV ) 勢い:4


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コメント(リンクの記載「http://」は行えません)
1 名前:名無し@ガガリアン 2010/08/15(日)02:59:53. ID: VNwg15fUp
今回も面白かったよー
納豆って政宗が考案したって説があるのか
ブチキレ@政宗さんにワロタ
2 名前:名無し@ガガリアン 2010/08/15(日)03:20:00. ID: AZB215Oep
面白かった
片倉の子孫は今医者やってるんだよね
3 名前:名無し@ガガリアン 2010/08/15(日)03:44:48. ID: ue.U15hsp
>政宗のおめめをくりぬいたのが初代小十郎(景綱)、政宗におしりをつらぬかれてたのが二代目小十郎(重長)です。

誰がうまいこと言えとww
4 名前:名無し@ガガリアン 2010/08/16(月)12:22:01. ID: mKbA16P5p
長文は読めん!
そんなことよりパーリィしようぜ