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中東の歴史を俺なりにまとめてみた 4 ウマイヤ朝の滅亡からオスマン帝国



暇と性欲を持て余し気味のガガリアン諸兄よ、ごきげんよう。

前回はイスラム帝国に異教徒が流入し、国が傾きかけてきたところまでやりました。
今回はそこからオスマン帝国ができるとこまでです。

はたして何十回連載になるのか自分でもわかりません。
終わる気がしませんなァこれ……

長文が読めないポーランド人並みのガガリアン諸兄のため小分けにしてあるので
まあ暇つぶしのつもりで、息子を愛でつつ流し読みしてください。

冒頭に触れたように、イスラム帝国は様々な要因から財政難に陥り、民衆の不満は
統治していたウマイヤ朝へ向かっていくことになる。

それらウマイヤ朝への不満を追い風として、預言者ムハンマドの叔父アッバースの子孫が蜂起する。

それからなんやかんやあって……

8世紀頃 ウマイヤ朝は滅亡し、アッバース朝が成立。

     アッバース朝の首都バグダッドは人口150万、産業革命以前では世界最大の都市となり、大いに繁栄した。
     シルクロードを通じてエジプト・アラビア・ペルシア・ギリシア・インド・中国などの文明が融合し
     学問の急速な発展にも繋がり、後の科学文明における礎となった。

9世紀頃 アッバース朝の内部分裂やさまざまな動乱により、政情が混乱。無能なカリフが頻繁に交代するようになり求心力も喪失。
     各地で地方政権が自立した。エジプトにはトゥールーン朝が勃興、イスラム帝国から独立した。

10世紀頃 北アフリカにシーア派ファーティマ朝、イベリア半島に後ウマイヤ朝がそれぞれ独立、カリフを自称した。
     イランにシーア派ブワイフ朝が独立、アッバース朝の首都バグダードを占拠。アッバース朝は引き続き
     政治的・宗教的権威を持ちつつも、形式的な支配力を持つのみとなった。そういった背景の中で軍事的混迷が高まる中、
     軍事的に力を失っていたアラブ人は騎馬遊牧トルコ人によるマムルークと呼ばれる軍事奴隷に頼らざるを得なくなっていた。

AOEクラスタのみなさん、お待たせしました。マムルークですよ。

11世紀頃 遊牧トルコ人によるスンニ派セルジューク朝がバグダードを占拠しブワイフ朝を倒し、イラン・イラクの支配権を握った。


このへんはほんと色んな王朝が一気呵成に受験生をぶっ殺しに来てるありますね。

  
このころの欧州は?
 キリスト教が完全に定着。異教徒は様々な差別を受けていた。特にユダヤ人に対しては、宗教的には同根でありながら
 「イエスをローマ帝国に告訴し、わずかの金で売り渡したのはユダヤ人だ」というイエスの受難に対する恨みも強かった。残当

 土地所有が認められないため農業の道を断たれ、ギルドに入る権利が与えられないため職工にもなれず、
 店舗を構える商売や国際商取引も許されなかったため、一般的な職業への道は全て断たれたも同然だった。

 さらに、差別の対象であり追放されることも多く住居すら安定しないユダヤ人が就ける仕事は
 キリスト教圏では蔑まれていた貸金業や芸能・情報行、錬金術などに限られた

11世紀頃 十字軍によりエルサレムが占領され、エルサレム王国が成立。
     十字軍はエルサレム周辺のイスラム教徒・ユダヤ人を虐殺した
     十字軍遠征のたびに、虐殺と略奪は繰り返された。キリカス、ぐう畜。

・この頃にはユダヤ人は貸金業者として定着。
差別・迫害にあいつつも、その性質からかなり裕福になっていた。

ユダヤ人「んー? 迫害しとるワイらに金借りなアカンとはなぁ?」サツタバファッサー
ユダ松 「金貸しみたいな人として最低の仕事(当時の価値観)しかできないように追い込んだのはキリスト教徒だから自業自得だぞ」
ユダヤ人「どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」トントン
ユダヤ人「NDK? NDK?www」

それを妬まれ、迫害はさらに強まっていく。


13世紀頃 イスラム圏では様々な朝が勃興しては没落を繰り返し、失墜。チンギス・カン(チンギス・ハーン)の西征により
     首都バグダードが征服され、完全にアッバース朝は滅亡した。
     
     13世紀半ばにはフランス国王ルイ9世率いる十字軍がエジプトへ遠征
     エジプトにあったアイユーブ朝の王(スルタン)が死亡。
     ところがエジプト王の子飼いであったマムルーク軍団の手によりルイ9世が捕虜となり十字軍は撃退される。
     ほとんどコント。

マムルーク「国王が傭兵軍団に捕虜に取られる恥知らずな国があった!」
 
     モンゴル帝国の一部であるイラン周辺を治めていたイルハン朝の長フレグの侵攻をも退け、マムルーク朝が成立した。
     マムルーク朝はエジプト・シリア地域を勢力とした。

     13世紀末、オスマン1世が、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)とルーム・セルジューク朝の国境付近で、遊牧民族による
     軍事的集団を率いる。その後周辺のイスラム集団やキリスト集団と同盟したり戦ったりしながら、オスマン帝国を樹立。

14世紀頃 オスマン帝国は勢力と領土を急速に拡大し、東ローマ帝国を脅かす存在になる。
     東ローマ帝国首都のコンスタンティノープルにまで数回に渡って攻撃を行うほどになり、危機感を覚えた東ローマ帝国の
     各地から騎士団が集結し十字軍を結成したが、オスマン帝国はこれをも撃破。しかし、中央アジアからシリア周辺までを
     版図としていたティムール朝との戦いに破れ君主が捕虜となり、勢力が衰える。

東ローマ帝国の騎士団がチョロすぎるのか、ティムール朝が強すぎるのか。どっちなんでしょうかね。


というわけで、今回はこのへんまで。
王朝とか人名とか事件とかが多くなってきて思考回路はショート寸前でしょうけれども、書いている私の頭が一番クルクルミラクルです。


カテゴリ: 歴史
2015年10月05日 15時49分11秒 Posted by もつなべさん ( 8,142 PV ) 勢い:12


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1 名前:名無し@ガガリアン 2016/03/24(木)16:17:12. ID: 8fc4c90bp
サラディンとバイバルスにも触れてほしいです